アレヤコレヤの散文 あたまのなかの引き出し ソレトこれがつながる

キャガプシーすごい論 その2 2017年

だっ広い芝生の上の色とりどりなテント

陽気な音楽が流れてポップにカラフルなプラチナシルバー頭の子がお出迎えをして一人一人と握手をして迎えてくれる

 

その人物がおぼんろ主宰 末原拓馬氏

劇団おぼんろの作品は全て彼の作・演出

 

 

口がうまく 人心掌握術に長けたネズミ

悪知恵も機転も上手でチャーミングだから人間らしんだろう

人間を良く観察していたのかな

キャガプシーの気持ちも人間の性(さが)もわかる 狭間の人

 

トラワレはまた別の人間らしさを持つキャガプシー

抑えても漏れ出てしまう「ア゛ーーア゛ーーー」

沸き上がる感情を押し殺す 連戦練磨のキャガプシー

 

ウナサレ

純度100%じゃない、しかもキャガプシーの髪の毛入りのキャガプシー いわゆる、奇形か

何故か悪夢をシェアする 天真爛漫なキャガプシー

 

寂しい気持ちを素直に伝える事が出来るツミ 

キャガプシーに髪の毛を造るのも 人間の性(さが)なのか

皮肉な感じ

 

 

過去のおぼんろ作品『パダラマ・ジュグラマ』に骨組み似ている

としもり&たくま関係 相手との交流によって変化する心

工場長の表にはひた隠しにする本音の部分

 

亜種かなぁなんて、観劇後直ぐは思ってしまったのだけど、今年は酉年なので勝手にリライトされた『パダラマ・ジュグラマ』観たいなと思っていたので、はっ!これは!

リブートでパワーアップされた作品なのだ!進化のカタチだ!と後で気付きました。

 

 

ラストシーンの表現は『狼少年ニ星屑ヲ』のカボチャ頭、源をたどれば、末原拓馬独り芝居『ズタボロ一代記』のキンキラキンのラブ 

自己犠牲?ううん違う。

そう、献身愛。

 

伝えたいこと、作品の根底にあるものは

繰り返し繰り返し、踏襲していくもの

 

似た内容、同じテーマ、そんなの当たり前繋がっているんだもの

 

NHKの『トップランナー』でファッションデザイナーの

ケイタマルヤマ氏出演時、ある年のパリコレの後に人に言われたことを紹介していて、

「今回のコレクションは前回と全然違う。前回のがよかったので、もっとそのラインで探求すればよかったのに。」(正しくありませんがこのような内容でした) 

言われたマルヤマさんが衝撃を受けた話ですが、観ていたわたしもとても印象に残りました。さすがヨーロッパ。

この話を聞いてから、モノの見方が変わりました。

 

同じことの繰り返しが評価されにくい、作品創りや芸能(この国内)

小劇場だと再演の文化は少なく 新作を出すことが当たり前

 

長く長く残すには 繰り返し繰り返ししていくことなのだと思います

 

 

この物語が末永く人々の元に届きますように