アレヤコレヤの散文 あたまのなかの引き出し ソレトこれがつながる

きゃがぷしー 想起されるものと他との連なり 1 2017年

アレヤコレヤの雑記

考察 推測 妄想

(雑多なごった煮です)

 

初日は、鬼下ろしでおろした大根おろしみたいに 粗いなと 練習不足かなと

物語中テントが開く側に座っていたので、

1、ネズミの髪の毛がウナサレ制作時に混入がわかりにくい

2、なんでネズミは特別なのか 人間社会でうまくやってる

3、ラストシーンネズミはバケツと何したのか見えない

4、何故ウナサレはなせなくなるのか いつテープ抜いたの?

5、キャガプシーはご飯食べないんだろうなとか

 二回目マチネ時、めぐみさんよく見える席選んだので、

1、3 はよくみえた。

初日よりは、スムーズになっていた。

 

二人芝居の積み重ねで、ウナサレの誕生と壊れ行くころはバッチリ四人勢揃いがいいな

四人芝居が十字路に合ってた

 

 

同時期に庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明の宿』がKAATで上演していてどうしても観たい公演。でも売り切れだったので、キャガプシーのマチネ後、公園から見えた横浜まで移動、当日券で無事観劇。

 

『キャガプシー』とある要素が同じ。

ここにも後天的盲目のひとがいて、主要の親子は興行師の人形遣いと伴奏者。

(見ること 見られること 見世物人形劇の内容、話さない男等いろいろな要素がある)

 

と、また同時期に横浜桜木町にて、 

木ノ下大歌舞伎 作・近松門左衛門『心中天の網島―2017リクリエーション版―』上演中。

2015年に初演した同作、こちらも観たかった作品なので、翌週観劇。

驚いたのは、無明の宿とラストシーンがほぼ同じ。

(元の近松作品を知らないのでアレンジメントがどれほどかしらないのだけど)

登場人物もテイストも同じ。

 

 

こんなにも同時期に観た作品達が何かしら要素が同じや似通っているということは、人間が作り出す作品には変わらない、「なにか」があるのだろう。少しでもそれが見えたらいいなとこの雑記を書いています。

 

 

盲目という人物設定が末原氏が客演した舞台だけでも、

エムキチビート『アイワズライト』

東京ハートブレイカーズ『サブマリン』(原作で主要人物)

クロジ『銀の国、金の歌』

先天的盲目かな

 

わたしが観た近々でも

あやめ十八番『三英花煙夕空』

(後は目つぶしOuBaiTo-Ri『グレートフルグレープフルーツ』)

やはり、舞台を「みる」ということに、

みることが出来ない人

というのは、意味をもたせやすのか、画的にも杖をつく人物 が映えるのか、なぜなのだろう、多い気がする。設定。

耳が不自由で手話で会話や話すことが不自由なお芝居は観たことが無い。(映画だと『非情城市』思い出す後、ガチ作品『トライブ』)

 

 

キャガプシー劇中、キャガプシーショーの事聞かされて気分が落ち込んだ。

映画『Ai』あのシーン思い出した。

わたしがあの映画で覚えているのは、あの不要になって人間から嫌われたロボット達が見世物になって壊されるシーン。

何故かマッドでマックスなイメージの男女が奇声をあげて下品に喜ぶ画なんだよね。あと、セクシーロボットが回収されちゃうところ。もの悲しい場面がうまいんだよ

 

 

つらつら記していたら、長くなったので二回に分けます。

想起されて繋がっていく、映画についてになります。