アレヤコレヤの散文 あたまのなかの引き出し ソレトこれがつながる

裏の回

これが書きたくて、はてなブログ開設したようなもの

つまり、自分の解釈と感想

 

読者(殆どいない)に親切、分かりやすくはさておき

気分が悪くなるような表現はしたくないけど、

全員のその判定ラインもわかるはずもないので

結局は自分中心の文章

 

私が良いと思う(それで収入を得ているプロ)演劇評論家、映画評論家人達は、重要な肝の部分書くひとも居る。

しかし、まだ席の余裕(空席)がある舞台の上演中にあげる文章と、

(人に興味を持ってもらうため時)

肝の部分含めて書きたい文章と、

(良い舞台の事を記したい時)

 

アップのタイミングによって書く内容に配慮している。

 

映画もそうだよね。プロは配慮が必要

 

別にその業界に属していない素人の人だって

snsに書くとき、配慮する人と

思うがまま(素人がゆえのしがらみのなさ)書く人と。

 

そして、読み手も様々。

時間が経っても、自分が体験するまでは知りたくない人

かなり内容を知ることにより興味を持つ人

または、内容を知らないと嫌な人

 

 

私は前者ですが、

全く興味のない舞台や映画を、

Twitterの上手な気の利いた呟きによって誘導され、

観に行った舞台が最高の舞台だったり、

好まないジャンルの映画を観るきっかけになったり。

 

そのものズバリ、

ネタや落ち

(って、お笑いや落語じゃないのだから物語にこの語を当て嵌めるの躊躇する)

書かずに、表現する

魅力的な紹介文や感動文

冷静な審美眼 エモーショナルなほとばしる言葉達

 

そういう文章に動かされるので、

私もそうありたい。

 

Twitterでは抽象的に書かざるを得ないので、(自分の決た事 指針)

 

自分なりの解釈と、心に響いたポイント、想起したもの、私なりの想像 等を書くためにブログ開設したのだから

 

自分が好きな文章でありつつ

誰かにとっても、読んだ後味が何かしらあるといいな

 

 

はあ、長くなってしまいました。

次のブログで真骨頂 書けますように。