アレヤコレヤの散文 あたまのなかの引き出し ソレトこれがつながる

キャガプシー 2018 トワイライト☆トラワレ

前のめりに 下を向いて歩く姿

顎を引いて 睨んでいるような目つき

少し持ち上がって いかった肩 

心に怒りを秘めた “トラワレ”

 

それでいて、

ちょっとでも、目が合ったり、話しかけられたら、自分自身で作り上げた世界が崩壊してしまうかのような 今にも目から涙がこぼれ落ちてしまうかのような…

末原拓馬さんの演じる"トラワレ"は頑なに真っ直ぐ前だけを見つめている感じがしました

 

ツミに初めて話しかける場面はコミカルな場面でもあるのだけど、拓馬トラワレはド真面目にみえた

ツミから「駄目よ 置いて、棒。棒、置いて。」

トラワレ「棒を置いて、たまるものか!」

なぜか印象的な台詞なのだけど、この時トラワレ一心に握り締めた棒見つめてるの。あぁ不器用そうな人だな~って思いましたよ。

 

 

「お兄」とウナサレから慕われたトラワレだけれども拓馬お兄は、ちょっと頼りない困ったような泣き顔のお兄だったね。倫平ウナサレが頼もしくみえる。

"やめろ、出来ない、無理だ!"という否定言葉の嵐。コミュニケーションを取らず、戒めを自らに課し、自分でつくったロジックをひたすらに信じて。

そういうとこは容易に変えず、10年間いつかネズミとテントの外に行くことを夢みて。

 

それはもしかしたら 10年前のあの日からトラワレのリモートの管理者になった(と思われる)ネズミの上手い刷り込みや思い込ませかもしれないけど、いい人だったツミのお父の言うことを大事にしたように、ネズミの言うことも大事にしたのかもね。 

ネズの樹の下ですっかりネズミに騙されるトラワレ。ネズミの「身の丈に合わない事をするから…」って、ヒドい捨て台詞と思うけどとってもウナサレを言い表しているなぁと思た。

「温室育ちの 世間知らず」

自らキャガプシーの墓場から出られないし、閉じ込められているのだけど、(リモートによって都合よく起こされているのだろう)、知らぬ間に創造主は居なくなり、未だツミには話し掛けたことが無く、いきなり登場のネズミだけが友達で。

湧き上がる感情や疑問と向き合わず、存在していること自体が虚しそうで、いつまでも浄化されない トラワレ。

 

トラワレもネズミもそれぞれ、壊してくれって頼むの

トラワレはツミに

ネズミはトラワレに

"壊されて浄化される"キャガプシーの存在目的の前提が、自らにそう思わせるのか、作り上げる人形師によって織り込まれるのか分からないけど、相手を壊した経験のあるキャガプシー2人共が「壊してくれ」発言。

キャガプシーが自らを破壊する事は不可能ならば(そうっぽい)、壊してもらう方法しか浄化され清められることは無いのなら 本当に悲痛の懇願だよ。

 

 

 

ひとりになって、不安だらけの外の世界に凛と背筋を伸ばして前を見て、一歩一歩進むトラワレ

決して、振り向かないのが淋しくもあるけど安心も出来る。

その時の彼の表情はどんなんだろうか?

背中を見つめている此方にはわからない。

 

テントから ただただ、エールを贈るのみ

バタバタとバタバタと…

 

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キャガプシー開幕中のTwitter拝見していましたが、期間の半分位までかな?写真に写る拓馬さん笑顔じゃないの、全然笑顔無し。口をキュっと結んで、ちょっと悲しそうな憂いた表情で写っているの。見たことない表情、超珍しい。いつもはどんな役を演じても終演後はピーカンの青空みたいな笑顔で写っている印象なので、とても不思議でした。

(後半くらいから、開演前も終演後もニカッと大きな笑顔で写っていました。通常運転)

 

まぁ、開演前の開場時から語り部達がウエルカムに迎え入れてくれて、席のオススメしてくれたり、話し掛けに来てくれ(思い出せば、私達も初めましてのゴベリンドン時は、やはり倫平さんが話し掛けに来てくれました。顔の認知力が凄いなと何時も思います)、終演後のお見送りも全員で対応しているの尋常じゃないですよね。

控え室に戻るでもなく、前口上から始まって、キャガプシーの役を生き、二時間近く全身全霊の全力で物語を紡ぎ、終わったらおぼんろ語り部として挨拶をして、また4人で即座にお見送りしてくれる……よく放心状態にならないなあ。とつくづく思うのです。

 

私は帰路を急ぎながら、受けた衝撃等を電車内でクールダウン出来るけど…そういう時間が無いと気持ちを処理出来ないです。

やはり、生の芝居の場合は"いい場合"も"合わなかった場合"も衝撃を強く受けます。かめはめ波じゃ無いけど、波動が直接だからね、そこは。それが、芝居、舞台、演劇。

今回は一緒に友人と観たので、受けた衝撃を発散しながら帰れたので本当に楽しかったです!お芝居ひとり参加も多いので、その場合気楽さもありますが、語り合う相手がいるorいないは記憶の残り方が違います。その相手と語った内容も含めて観劇の記憶になる。

 

今回の『キャガプシー』は作品演出の完成度がテントにぴったりで、「キャガプシーシアター」自体の魅力とおぼんろの魅力が溢れ エポックメイキングになった公演だったと思います。

 

今後、劇団としてどのような展開に向いてゆくのかわかりませんが、2018年5月に海辺でキャガプシーできたこと忘れずに、忘れずにいたいです。

拓馬主宰 更なる飛躍期待していまーす。